更年期と内臓脂肪
(visceral fat accumulation in menopausal and post-menopausal periods )

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【女性とメタボリックシンドローム】

 厚生労働省のホームページにある「メタボリックシンドローム(MetS)該当者・予備群の状況」(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu/06.html)に、年齢別の男女のMetSと MetS予備群の有病率(MetS率)が掲載されています。MetS率は明らかに男性で高値ですが、女性でも50歳以降に増える特徴を示しています。

【内臓脂肪蓄積とレチノイン酸】

 MetS の原因は内臓脂肪の蓄積です。近年、内臓脂肪蓄積におけるペルオキシゾーム増殖剤応答性受容体(Peroxisome Proliferator Activated Receptor:PPAR, ピーパー)という因子の関与が注目されています。このPPARの一員、 PPARγの活性化が脂肪蓄積を促進させます。PPARγの活性化にはレチノイン酸という分子が必須です。

 レチノイン酸は、アルコールの一種であるビタミンA(レチノール)の酸化物である「レチナール」というアルデヒドがさらに酸化されたものです。脂肪細胞は、レチナール結合蛋白(Retinal Binding Protein)という分子を血液中に放出し、その分子が血液内でレチノイン酸の原料のレチナールを捕獲して脂肪細胞に戻り、脂肪細胞にレチナールを供給しています。

【レチノイン酸供給におけるアルデヒド脱水素酵素の働き】

 脂肪細胞に運ばれたレチナールは、脂肪細胞内に発現するアルデヒド脱水素酵素(Aldehyde Dehydrogenase:ALDH) ファミリーの一員であるALDH1Aの働きでレチノイン酸に酸化され、その結果脂肪細胞内のPPARγが活性化し、脂肪蓄積が促進されます。

【性ホルモンによるALDHファミリー発現の調節】

 近年、内臓脂肪細胞の中に3種類のALDH1A(ALDH1A1~3)が発現していることが示されました。面白いことに、ALDH1A2は女性ホルモンの一種、エストロゲンの作用で発現が抑制され、 ALDH1A3は男性ホルモンの一種、アンドロゲンの作用で発現が亢進します。

 ALDHの働きが弱まるとレチノールから産生されるレチノイン酸量が減り、PPARγ活性化が抑えられ脂肪蓄積が抑制されます。若い女性では、エストロゲンが多くALDH1A2の発現が抑制され、アンドロゲンが少ないのでALDH1A3の発現は亢進せず、内臓脂肪は蓄積しにくくなっています。

 逆に、ALDHの働きが強まると脂肪細胞蓄積は亢進します。若い男性では、アンドロゲンが多くALDH1A3の発現が亢進し、エストロゲンが少ないのでALDH1A2の発現は抑制されません。そのため、内臓脂肪が蓄積しやすくなっています。男性は、女性に比べ基本的にMetsになり易い体質なのです。

【更年期と内臓脂肪蓄積、MetS】

 しかし、女性でも、更年期を迎えエストロゲンを含む性ホルモンが著しく減少すると、ALDH1A2発現の抑制が効かなくなり、それにつれて内臓脂肪が蓄積しやすくなります。更年期以降の女性における「内臓脂肪が蓄積しやすい体質への変化」が、その時期に女性のMetS 率が上昇する原因の一つと考えられます。

【エストロゲンと健康】

 エストロゲンには、①血管内皮細胞から血管拡張作用を有する一酸化窒素の放出を促して血圧を下げる作用や、②肝臓のlow density lipoprotein(LDL)受容体を増やしてLDLの肝臓への取り込みを促すことで、血中のLDLに含有されるコレステロール(LDL-cholesterol; LDLC; 悪玉コレステロール)を下げる作用もあります。①は若い女性のMets率低下にも寄与します。エストロゲンは、女性の健康維持に非常に重要な因子ですが、更年期を迎えると女性が持つそのエストロゲン特権が失効してしまい、健診でMetS、高血圧、高LDLC血症などが指摘されることになります。更年期に達した女性は、エストロゲンに守られている間は、あまり気にする必要がなかった食事、運動、睡眠などの生活習慣の見直しを是非行ってください。

 これらの知見について筆者の拙著「こうして落とす!女性の内臓脂肪」(PHP出版社)にも記しましたので、参考にしていただけると幸いです。



(慶應義塾大学保健管理センター 横山裕一 )