ヘリコバクタピロリ(HP) 菌時代の新しい胃がん検診
(A new style of checkup for detecting gastric cancer may be established in Helicobacter Pylori Era)

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近年、HP菌が胃粘膜に感染し、粘膜の萎縮を起こすことが胃がん発症の主原因と特定されましたが、本邦ではHP菌に関してまだ不明であった1960年頃より、高い胃がん発症率を背景に胃部エックス検査(胃X線検査)による胃がん検診が行われてきました。本検診は1983年公布の老人健康法により法的に認められ、一方、学校の教職員は、学校保健安全法施行規則第13、14条により年1回の「胃X線検査その他医師が適当と認める方法」での胃検診受検が義務付けられました。現在の胃がん検診は「胃X線検査」「上部消化管内視鏡検査(胃内視鏡検査)」「ペプシノゲン(PG)検査、HP菌抗体検査、またはその組み合わせ」などで行われています。


【胃X線検査】

本検査は、最近まで胃がん死亡率低下効果のエビデンス1, 2)を持つ唯一の検診方法として、近年重要視されている胃粘膜萎縮判定にも対応し、胃がん検診の中心に位置しています。本検査は、バリウムの誤嚥、撮影時の体位変換による検査台からの転落、バリウムによる便秘・腸閉塞などの合併症を伴うことがありますが、頻度は稀です。しかし、検査中の体位変換が行えない人は受検できません。本検査の最大の不利益は1回の受検で最低でも3 ミリシーベルト(mSv)程度の放射線被爆を受けることで、妊娠中など放射線被爆が禁忌の人は受検できません。通常、放射線被爆の機会がある被雇用者に対し、電離放射線障害防止規則に則った定期健診が行われますが、同法 56 条は年間5 mSv以下の被爆者へは諸検査を省略できるとしています。このことは、毎年のその程度の被爆を受けても健康障害は起こらないと解釈できますが、3 mSvは胸部レントゲン写真約30枚分の被曝量に相当することも事実です。

【胃内視鏡検査】

本検査ではHP菌感染や胃粘膜萎縮の詳細な判定が可能で、最近、受検による胃がん死亡率低下効果も示されました3)。日本消化器病学会は本検査の約0.005%に、出血・消化管穿孔・ショックなどの合併症が起こるとしていますが、上述の胃X線検査に伴う不利益が回避されることから、今後、本検査の胃がん検診における有用性はますます高まると推察されます。しかし、本検査は、胃X線検査に比べ費用が高いこと、検診として行うには施設数が足りないことなどから、直ちに胃がん検診の中心的検査にはならないと考えられます。

【PG検査、HP菌抗体検査】

胃がん発症におけるHP 菌の意義が確立し、HP菌感染を診断するHP菌抗体検査や胃粘膜の萎縮程度を診断するPG検査は胃がん検診項目として有益となり、現在両者を組み合わせたABC検診と呼ばれる方法が確立しています。これらの検査の受検による胃がん死亡率低下効果はまだ示されていませんが、採血のみで行えるため合併症はほとんど無く、他の胃がん検診方法と簡単に組み合わせることが可能です。

【厚生労働省「がん検診のあり方に関する検討会」の平成27 年度中間報告―これからの胃がん検診】

2015年9月の厚生労働省「がん検診のあり方に関する検討会」の中間報告は、当面、現在の検診体制の継続を認めることを前提に、近未来の胃がん検診像が提唱されています4)。まず、40歳代に限った調査で、1990年代には60%程度であったHP菌感染率が、現在では20%程度になり、その年代の現在の胃がん罹患率、胃がん死亡率も、1980年代に比べそれぞれ約1/2、約1/5に減少したことが示されています。このHP菌感染率低下の背景の一つとして、それぞれの調査の対象者が小児期を過ごした 1950~60年代と1970~80年代における本邦の衛生環境の差が想定されています。これらのエビデンスから胃がん検診対象を50歳以上に引き上げる提言がなされています。検診方法については、胃X線検査、胃内視鏡検査のどちらでも良いとされていますが、両方法での受検による不利益を鑑み、隔年の実施でも良い可能性も提案されています。さらに、ABC検診による検診対象者絞り込みも議論されており、今後、ABC検診で胃がん発症低リスクと判定された人達の検診機会はより少なくなることが推察されます。HP菌の意義が明らかになった今、半世紀続いた胃がん検診のスタイルが変わるかもしれません。

【文献】

1) Oshima A et al. Int J Cancer 38, 829-833, 1986

2) Fukano A et al. Int J Cancer 60, 45-48, 1995

3) Hamashima C et al. PloS One 8, e79088, 2013

4) 厚生労働省ホームページ



(慶應義塾大学保健管理センター 横山 裕一)